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宇宙の渚スプライトの正体? [物理]

NHKスペシャルの「宇宙の渚」で謎の光スプライトの解明ということで、楽しみに見てたのですが、ガックシ!何を解明したのかまるで分かりません。これは、あまりにもひどい情報なので、仕方なくアップしました。
まあ、日本の学者では解明など出来る訳がなく、ただアメリカの言いなりになって、高感度映像機と人的金的ソースの提供だけしたかのようです。
雷やオーロラのショウなら、地上からも観測できますし、理論的にも宇宙から見ればこんな感じだろうと言うのは、何十年も前から言われていましたし、実際それ以上でもそれ以下でもないようなのですが、ナレーターの解説は今やっと分かったのかのような驚きの表現でした。サクラか?

それはどうあれ、せっかく貴重な映像だけは、詳しく見る事が出来ましたので、私の理論で考えられ、知識が及ぶ範囲でその正体に迫ってみました。NHKを信望している人は、絶対に読まないで下さい。そのうち学者も、良い理論を発表するでしょうから、そちらを参考にして下さい。次例は、そんな時迄待てない人のために参考にまでに書きました。

スプライトは肉眼で見る限り、あまりにも一瞬の出来事で、何がなんだか分かりませんが、スロー映像では、はっきり動きが分かります。
雷は陰電子の臨界蓄電解放とでも言いましょうか、プラスの地上に落ち、その時の光の色は電子ライターから出るような白色ですが、これは、オレンジに赤みがかっていて、どちらかと言うと線香花火のような色です。上空100kmで、そのような光を放てる物質は、考えられるところで、希ガス類の、ネオンくらいなものでしょうか。
取り敢えず問題を先送りすると、激しい雷の時にスプライトが発生し、何か見えない物質が雷光とは逆に宇宙空間に向かって放たれ、大気光(NHKの解説)の臨界球面内側の物質にぶつかり、火花と供に落下しますが、速度が緩むと鋭角に上空に昇り火花と供に消えます。この辺の現象を説明するとなると、今の学者といえども、お手上げ状態になるのも無理が無いのか知れません。
実は私もその説明が有るものだと思って最後まで期待してみていたのですが、問題は、さも解決されたかの話で、これが電気の流れだ、で終わっています。
シャレで言えば、404 Not foundに会った心境です。
では、重力に逆らって上昇する物質とは何が考えられるでしょうか。
真っ先に浮かぶのは陽電子です。この場合の陽電子は、水蒸気としての雲の中に在り、酸素原子の核力内に閉じ込められているのですが、高エネルギーのため弾き飛ばされると考えられるのですが、そうなると酸素原子は、途端に不安定になり何処からか陽電子を受け取らなければなりません。
もし上空100kmにネオン層があったとしたら、陽電子の入れ替わりの核内反応が行なわれ、ネオンの光波の残像だけが残ります。
しかし、これだけでは逆火花というか、鋭角に戻る火花がどうして生ずるか説明になりません。が、水蒸気としての酸素の相手、水素に付いてもまだ触れていませんので、水素が一役買っていそうな気もします。
私も水素に付いては日々更新しながらイメージを変えているのですが、この状態の時の水素のイメージはというと、陽子と反陽子だけで、質点つまり一次元か二次元だけの波になると言えるのです。しかもこの波は、プラスの性質を持つので地上には向かいません。そうなれば、酸素だけになります。あら不思議、オゾンが出て来ました。
でもこれには無理が有ります。こうなると、この近辺の原子同士の化学反応も予想され、フッ素、ナトリウムも射程に入ります。つまり、水素同士の核融合が予想され、ナトリウムが出来そうですし、衝突による核分裂でフッ素が出来る可能性もあります。
こうなれば、余分な陽電子は戻れます。

上記述はネオン層が有った場合ですが、そんな層が有るとは誰も言ってないし、可能性がゼロではないというだけです。
では、他に考えられる状態はというと、この大気光という空間は何かと言うところから入らなければなりません。私の理論では、重力場、電場があります。磁場はもっと広範囲なので、この場合分けて取り除きますが、電場と言えども重力が作り出した物質の圧力から出た陰電子の海としての場です。
この力は、距離の二乗に反比例する力ではなく、もっと近距離にしか働かない電気力だとします。その境界面が大気光面だとすると、結構上手く説明できます。
この場合、原子のモデルとしての陰電子、陽電子の立場は逆転の立場になります。
つまり、陽電子は陰電子の海の空間しか運動できず、宇宙空間に向かいたいところ、境界面で戻され反射し陽電子の雷が起きるとするものです。
その場合の酸素と水素の反応は前例と同じなのですが、赤オレンジの稲妻の正体は不明となります。元々の高エネルギー化した陽電子が放つ色かも知れませんし、宇宙線から来る他の素粒子物質との衝突から来る波光かも知れません。
又この二つの例が両方とも成り立つ事も考えられます。

この例はこれまでにしますが、このテレビの中で良く言われた事に、地球は宇宙空間と繋がっていることが分かる、と言う使われ方がしてありましたが、私は子供の頃から宇宙の中の地球として考えていたし、繋がっているのは当り前として捉えていました。なので、イメージとしては殆どの人がそういう捉え方をしていると思っていました。でも、このJAXAだかなんだか知れない集団は、未開のジャングルから来た未熟児集団なのかどうか知りませんが、やっと人並みになれたということなのでしょうか、映像はどう有れ、国会討論と同じくらい、かなり支離滅裂な番組だったと思いました。
私に言わせれば、何も宇宙になどまだ行かなくても、地上にいても未知な問題は沢山あります。
例えば、水素原子の問題です。よく図でもイメージとして出て来ますが、最近どう考えても、水素こそ変幻自在の森羅万象を司るものとして、イメージするのは難しいのではないかと思っています。
イメージできないからと言って簡単に片付けて、無視することは出来ません。地上で暮らす限り、水素は殆どのものに関わって来ます。
それにもかかわらず、原子力発電を稼働するのは、子供に凶器を与え、チャンバラごっこさせているようなものです。言っている意味が分かるでしょうか、上述の例も原子力発電も、水が出て来るのです。原発の場合、水素は重水素以上にもなり得ます。関係者なら知っているとは思いますが、スプライトの説明無しに問題解決のシナリオだと、他県人として、福井県隣府県人も哀れだなとしか思えません。一時の幸せを取るか、未来を見据えた幸せを取るかは、その長が決める決定権があるようなので、選択の自由はありますし、一介の馬鹿が余計な心配するなと言えばそれ迄ですけれども、敢えて言わせていただければ、微弱でも私の意見が参考になれば、幸いです。

論理破綻の制度 [雑学]

今まで、マクロの宇宙やミクロの原子等、物理的な要素について、多く述べて来ました。
読み手側からすれば、面白くないし、今の世の中では仕事にも、評価主義の学歴社会では何の役にも立たないと思うことでしょう。

私自身から見れば、これらの解明は、知らなかったから、又は社会の常識に迎合してしまったから生まれた、私自身の人生の失敗、教訓から生まれた産物です。
つまり、「あの時これを知っていれば、こんなに苦しまなくて済んだはずだ」、「あの時社会の通念に捕われなかったら、もっと明るい未来が開けたはずだ」と。

しかしそれは、多くの人も何らかの形で、そういった体験、気持ちは持っていることでしょうし、避けられない人生というのもあることは確かです。人生の生き方としては、そういった自然の摂理とは無縁に生きるのが成功者になるのかもしれませんが、遅かれ早かれトラップに落ちてしまいます。
話が脱線するのですが、今消えた年金でAIJなる者が取りざたされていますが、あのお金の中には、私が掛けていた年金も僅かながらあるので言いたいのですが、
あの人達も、運用に成功してれば、成功者として、報酬をもらっても、誰も何も言わなかったでしょう。しかし、いざ大半が消えてしまっても、失敗報酬として、同じ金額をもらえるので、あら不思議。
これは、すでに論理破綻しているのですが、本人は、失敗とは思っていないようです。
と言うより、私自身は、そんな人にお金を預けた覚えはないのですが、何故か知らないうちに、株だか投資だかのギャンブル(私から見れば)に使われていたみたいです。
普通ギャンブルであれば、自己責任が当たり前なはずですが、これを正当化している日本の制度って何なんですかねえ。しかも、この年金はXXの投資資金に使われています、なんて会社側も従業員に何も知らされることなくです。
昔から、御上目線というものがあって、「あなたの物は私の物、私の物は私の物。」ということがありましたが、昔のことと思っていましたが、今でも相変わらず、そうなんですねえ。こんなこと言ってると切りがないので、止めますが、これは私自身、泥棒に遭ったと思って諦めるしかないと思っています。そんな人を取り締まる法律はありませんし、これから作ったとしても時効です。

私の理論は、そんな煩わしい浮き沈みとは関係ない不変な物を求める理論です。気付かないかもしれませんが、その理論が正しければ、科学と言う分類に捕われること無く、生き方そのものもにも通用できます。
何故なら、人間も自然の産物だからです。とは言うものの、今は幸か不幸か、医療が発達して、不自然な産物も増えているのかもしれませんが、お金を掛ければ、良い方向に行くとは限らないことは、年金制度を見ても明らかです。
ですので、「お金が回らなければ、税収が入らないじゃないか」、と言うのも本末転倒な話にもなることは、考慮しなければなりません。少なくとも私には、誰かの、何かの組織の思惑としか思えません。
私自身はそんな話には関係ないし、期待をしているわけでも有りません。

例えば、地球のメカニズム、宇宙との依存関係がかなりはっきり解明できて、地震や津波が、何時何処でどのくらいの規模で襲って来ることが分かれば、見えない恐怖に怯えなくて済むし、今回被災に遭われた人達も、それなりの対策を取って、暮らして行けたはずです。
想定できないのが、自然災害だ、と言う割には、それらを解明するのに多額の予算を使い、どうなるか分からない原子力発電に何世代にも渡る借金をして迄、開発をして来たそのこと自体、論理破綻しているのですが、まあ税収が入って生活が成り立つ人達には歓迎できることなのでしょう。
結局、災害は、最悪の被害になり、原発は電気も作れない、金食い虫に成ってしまいました。
特に福島第一原発は、逆に東北電力の電気を奪っています。
これは結果論ですが、何もしなかった方が、人間生活は幸せだったのです。

いくら言ったところで、私の声は殆ど届かないみたいなので、このブログもそろそろ閉鎖しようかと思っています。これ以上語ったところで、混乱情報と間違われそうなので、妥当だと判断しました。

電場と磁場 [物理]

新しい考えのもと、あれから色々調べている内、一般に知られている大事な考えに引っ掛かってしまいました。
それは、電磁波です。今まで私もさんざん使って来たのですが、超伝導で、空間に浮く磁石を見る時、
これは、磁力だけで浮いていると判断せざるを得ないので、磁場が重力場と逆な方向に固定された状態だと言うことでしょうか。だとしても、これはこれで良いのですが、よく画像で見かける光や電磁波が、縦波、横波を、折なして進むと言う現象が、本当にそうやって進むのか、と言う疑問です。
超伝導の現象を見れば、果たして、テレビなどの電波は、電磁波としてやって来るのかを、検証してみなくてはなりません。磁界、磁場も私にとっては波の特別な状態なのですが、磁場は単独で存在できます。しかも性質は重力場と同じで、重力は、物質が作り出す力で、磁力は、物質を流れる電流が作り出す力です。
と言うことは、電波は磁場を媒体とした波で、磁場の波が相互作用しなくても進むことができるのではないか、と思ったわけです。推進力は電圧だけで良いはずです。
なので、考え直して、そうだとしました。これでも別に、何かの現象の説明に矛盾は生じません。

だとすると、地球の自転、偏西風の力を考え直さなければなりません。
通常、地球から出ている磁力は、線で表されます。よく太陽風を防ぐのに表される線です。
これは私にとっては波であり、重力と同じ性質を示す以上、縦波です。しかし、このままでは、自転する力は生まれず、何も起こりません。
そこで、ファインマンが言っていたことを思い出し、我々が住んでいる空間には、地面から1m上がるごとに、100Vの電圧が、掛かっている、という理論で考え直しました。
若い頃、100Vの電圧の電圧が掛かっていたら、人間は感電死してしまうじゃないか、と思って話半分でしか理解できませんでしたが、今考え直せば、可能なのだとしました。もっとも、若干の修正は必要のようです。
つまり、地表付近では、陰電子が元の物質が持っていた陰電子の位置に戻ろうとしていますが、重力の力が物質を圧縮しているので戻れなく、地表付近の空間に滞留することになります。
なので、地表自体をゼロボルトとすれば、上空に上がっていくごとに、陰電子状態は無くなっていきますから、プラス化していきます。つまり、電圧があるのと同じ状態になると言うわけです。
事実、雷は、地表に落ちます。避雷針は高いところにあるから、違うように思うかもしれませんが、アースしてあれば、地表と同じことになります。

こういった空間を、頭に入れながら、磁力の磁波をイメージすると、どうも図式で見るような波にはならないような気がして来たのです。
例えが悪いのですが、普通に海面などで見る波は、重力方向の縦波だけのようですが、横波もないと回りには広がらないというのは、既に知られています。媒体は海水で、波の高い部分が、光の回折実験でよく見る縞模様です。これはこれで良いのですが、この海の波を、考える時、波がないときの平面 x軸= 0で波の状態は、0を基準に、∓αの正弦波を描きたくなりますが、重力がある以上、上側の波は若干下がり、下側の波も若干下がるのではないでしょうか。海面では風も吹いていますから、区別は難しいかもしれませんが、実験装置では何とか確認できるかもしれません。波の場合、人間が考えるより複雑な運動をしますから、何とも言えませんが。

では、磁波に戻りますが、磁力線はN極からS極から向かうとされています。これをベクトル分解するとして、S極に向かう力が大きくなります。赤道付近の上空では地球内部に向かう力が大きくなると思われます。そうすると、どうなるでしょう。波としては下側が大きく振れ、上側が小さく振れることになります。この場合の横波は、陰電子による電場であり、下側の波を抑制しようとして大きく作用します。まあ、真横でなくても良いのですが、縦波は使用されていますので使えません。とすれば、直角に作用する横波が、一番効果があるわけです。そうすると、横波も一方が大きく、片一方が小さくなるというわけです。
さあ出て来ました。自転とは、この一方の波が大きいが故に一方向に働くというわけです。
陰電子が、自転方向に多く移動するということは、地球内部にある陽電子も、自転方向に移動するので、地球が回り出します。月も地球の自転程ではありませんが、地球の周りを公転します。

前にフレミングの法則を持ち出しましたが、この場合、第四の力になるので、残念ながら、当て嵌まらなくなりましたが、今の物理学では、修正は大いに有り得ることです。

次は、私の理論上の問題と言えることではないのですが、自然に見るこれらの現象は、今の時代に理解されている交流か、直流かの問題です。私自身の理論では、どちらも波として捉えていて、直流なのですが、直流は波ではなく電子の移動ということで、直線で表されています。しかし突き詰めていくと、今理解されている交流の波は、プラスマイナスするとゼロで、私の考えではエネルギーは生じないことになるので、三相構造ににして、プラスだけを電線に流し、マイナスはアースしているものだと思っていました。でも違うんですねえ。
私は、電気を生業とした電気屋ではないので、電気が使えればそれで良い立場ではありますが、これだと、三相交流は、実は効率が悪いのではないかと思ったわけです。
調べると、やはり直流より悪いみたいです。ただし、原子力政策みたいなもので、最初から直流政策を取ると、色々問題があり、中々実用レベルまで開発する発想には届かず、交流システムに軍配が上がり、トーマス・エジソンは、あえなくダウンとなったみたいです。
電気の波も見えないので、理論上合わなくなれば、捨てるしかありませんが、それでも直流の方が、今のシステムより数倍電気を生むはずだと開発しているグループもあるみたいです。それには、超伝導とそれに伴う冷却システムが必要らしいですが、成功すれば、原発など無くても、返って、おつりが出て来るみたいです。でも、今更ですかねえ。
タグ:電場と磁場

原子の捉え方 [原子物理]

化学では、原子同士の結合の仕方が色々あり、ブログで今まで説明してきたものは、価電子による結合ばかりで誤摩化していました。つまり、波を使わず、電子を粒子としてだけ説明していたのですけれども、どうしてもそれだと、説明できない部分が有ったのですが、考え方そのものは大きく崩れないと思って無視して来たのです。
それは何かと言うと、化学式でナトリウムやカリウムは+で、塩素や臭素がーで表すのか、ということです。
それは、元素の性質だ、といって済ませばそれまでなのですが、自然の単純さ、統一性を求めている以上、あの場合、この場合、その場合というのは少なければ少ない方が良いわけで、なるべく減らしたいわけです。

厳密性を求めれば、化学にも量子化学というか、量子力学を用いることが可能で、説明できるのですが、未解決の分、迷路に嵌まり込むという課題も出て来るので、高校レベルの授業では、教えきれないというのが実状だと思います。だからと言って、理解できない生徒がゼロだとは言いませんが、例えばその少数のために授業をすれば、多くの生徒は、見捨てられますし、高校は破綻します。多数決を取るか、未来の礎となる人を取るか、何かの世界と似てますが、今のところ多数決を取っているようです。

話がかなり脱線しましたが、ナトリウムの電子殻の最周殻だけは、剥き出しの状態で、一個だけなので電子は動ける範囲が広く運動エネルギーを貰った電子は波として地球の電磁場に取り込まれることが可能です。又は塩素などに取り込まれます。取り込まれれば、原子自体は始めから、プラスの性質を有するというわけです。逆に塩素などは、最周殻とは言え、動ける範囲が一個だけで、ナトリウムのように逃げ出すだけの運動量は無く、逆に電子一個分貰った方が安定するわけです。つまり、塩素などは始めから、マイナスの性質を持つわけです。
実験室などの地上の空間では、特にそうなります。

それと、結合の仕方での共有結合です。すべての結合が共有結合であれば、何の問題も無いのですが、結合した状態によって様々です。しかし、共有結合の場合、殆どが地球内部で大昔に出来た物質で、高い圧力が掛かって出来たということは、分かります。それを精製して分離しているだけで、元々は、内部に有ったものです。
と言うことは、最外殻の電子は、外部に逃げます。典型的なものにダイヤモンドがあります。立体的にどう結合しているかは、図でも言葉でも難があるので飛ばしますが、一つの原子が四つの原子と一つずつ電価を出し合った結合ということで、勘弁してもらって、この場合、もう余っているスペースはないので、完全に固定化されたことになります。さてこうなると、外部の電子はすべて外部に出たことになり、電気も流れません。

量子力学では、これをどう記述するのかは知りませんが、私の理論では、全く無理はありません。
つまり、原子はその出来方の状態で、大きさも違えば、性質も異なって来ると言うことです。

これで困るのが、その時の陽子や中性子、陽電子(本物電子)の核内の状態です。粒子と考えれば今まで通り問題は無いのですが、固定化されたとなれば、運動していないと考えて良いわけで、この三種類が合わされば、物質は消滅することになるのですが、ダイヤモンドは永久の光を保ちながら、存在し続けています。私の波理論が可笑しいのでしょうか。とは言え、いままで、巧く説明できていたのに、ここに来て矛盾が出て来たからと言って、「ほれてしまえばあばたもえくぼ」の喩え通り、おいそれと捨てるわけには行きません。
それとも、その内部に説明していない特殊な構造が隠されているのでしょうか。

しかし、この問題は、量子力学や素粒子物理にも出て来る問題で、色々回避するための理論がたくさんあります。
そのたんびに、色々な粒子が出て来て、嫌になるのですが、余り崩さない形で論法を取り込めば、陽子、中性子、電子が、姿を変え、変換、転換すると考えると巧く行きそうです。湯川先生が唱えた中間子もその一つです。
これは今のところここまでにしたいのですが、前に、物質は、重力場を運動でき、電子などの荷電粒子は、電磁場を運動する、としました。つまり、自分自身の反物質(時空)の中を運動すると。

そう考えると、陽子は反陽子(核力場)の中でしか運動できないことになります。これはこれで、矛盾は無いのですが、ということは、陽子は原子核内でしか運動できないことになります。別な言い方をすれば、重力場や電磁場は異空間であり、単独で波として伝わらないと言うことです。こうなるとまるでオカルトじみて来ます。嫌だと思った人は、退場した方が良いかもしれませんが、害毒は無いと思いますので、余裕のある方は、もう少し付き合ってください。

通常イメージとしては原子核は止まっている、と言うイメージではないでしょうか、しかし波であるとするからには、絶えず振動し続けなければなりません。しかも空間は微量です。そうなれば、光速で走り回るしか存続できません。
一般相対性理論では、光速近くで運動すると、時間はゼロに近づく(遅れる)ことになっています。質量は無限大に近付くとも言われています。空間は縮むことになっています。しかし、これは直感的に考えて明らかに矛盾があります。
たぶんそれは、重力場で暮らしていて、その環境が当たり前で、それしか理解できない人が、じゃあこれはこうなるのか、と言ったことが、話が大きくなって伝説的に広まった巷の噂としか、私は理解していないのですが、実際はそうではないというのが、事実ではないでしょうか。

そんな戯言は無視することにして、現実の姿に合わせた理論でなければなりません。
陽子の寿命は、ちょっと前まで、無限とされていましたが、寿命があるものに変わりました。気の遠くなる話ではありますが、自然崩壊するということです。とはいえ、この永遠とも言える寿命は、他の理論で説明できるでしょうか。私が勉強不足なのかもしれませんが、そんな話は聞きません。
しかし、波理論だと説明は出来ます。つまり、核力場で運動する陽子は、空間が狭いとあっという間に高速に近付き、干渉、反射を繰り返せば、エネルギーを殆ど失うこともなく、永遠運動に近付くと言うわけです。
つまり、光速で運動すれば、寿命が伸びるのですが、時間の捉え方は、考え方によって変わって来ます。
伸びるのか、遅れるのか、一秒を刻む長さが長くなるのか。
しかし、時間で測るには、一秒を正確に刻む空間が必要なわけで、もし核力場で時間を計ったら遅れているのか、進んでいるのかは、分からないはずです。これは哲学的になって、頭の中が整理できている状態でないと、混んがらがってしまうので、何かの機会にゆずるとして、私的では、波理論はまだ巧く説明できています。

さて考え方としては、今まで述べて来た宇宙的スケール、微視的スケールまで、適応できる話をして来ました。
これだけでも、自然界を理解するのに足りるとは思うのですが、足りない説明が浮かんだら、またアップしたいと思います。

波理論 [物理]

電子が波だけだと考えると、重力場の中の電子なら今まで通り、普通に考えて良いのですが、地中内部、特に地球が灼熱だった原始地球では、電子が波として何処かに飛んで行ったとしても、有り得る話です。
ここで紛らわしくなるので、原子の内部からの並び順を私のイメージとして書いておきます。

陽子・中性子>反陽子・反中性子>=陽電子>陰電子(反電子)>反中性子
も一つの表し方は、
原子核>陰電子が回っている空間(核力場)>通常言われている電子(陰電子・電磁場)>重力場

左からプラス因子が強く、右に行く程マイナス因子が働きます。陽電子は核力場に取り込まれていて、そう簡単には抜け出すことは出来ません。重力場は電気的なプラス因子がないので、場合によっては、或は地球的レベルの物体では、外部に抜け出すことが出来るものとします。つまり、重力を感じる重力場としてです。

ここで問題になるのが、剥き出しである陰電子です。地球内部の様な重力による圧力がかかるところでは、波として存在できる空間が少なく振動も中々出来ません。とすれば、重力場と同じ外部に飛び出して存在しているとしても、不思議ではありません。有り得る話です。
そうだとすると、今迄の物質のイメージは、大幅に変わります。特に化学の世界に光明を投じます。
まず物理では、ディラックが言ったように、空間は負の電子の海だとしても可笑しくはありません。ただし、地上を境目に、プラス、マイナスが分かれますが、反物質ですので、交わることはありません。また、電磁場も元の位置に戻ろうとする力が働きますから、地上から離れれば離れる程、マイナスの力が弱くなりますが、距離の二乗に反比例するかどうかは、まだ判断できません。核力が違っていますから多分違うとは思うのですが。

これが事実だとすると、電磁場と重力場は同じ空間に同居していて、ややもすると、統一できる条件、イメージが出来上がりました。余計な知識を使わず、今知られている現象を網羅できるはずです。
これを称して波理論としました。

とは言え、最初の頃に書いてた電子のイメージに変更を加えなくてはならなくなったのですが、数式化もしていないですし、一番変わるのは、雷のできる電子のイメージで、そう掛け離れたものではないので、全般的な変更と言うことで、勘弁してもらうことにしました。

こうすると、ある現象が巧く説明できます。それは、冬場よく発生する静電気です。一般には、洋服がこすれ合って、電気が帯電し、乾燥した日など、電気を通す物に触ると静電気が流れて痛く感じる、と言われています。
電気に興味ない人には、それ以上追求する必要も無いし、逆に静電気を防ぐ方法とかに気が向くでしょう。
しかし、学問を追究する者に取っては、説明が不十分です。
その静電気は何処からでて来たのでしょう、と質問されて何人の人が満足に答えられるでしょうか。
それは、元々洋服に有った電子が擦れて出て来た、と説明したとして、では何故擦れると、電気が発生するのですかと言われたらどうでしょうか。こうなると説明が難しくなるはずです。服は人間が活動すると、伸び縮みします。つまり、圧力が掛かり電子が飛び出してしまいます。この時、電子は運動エネルギーを貰っていますので、はっきりとした波として、近くを彷徨うことになります。この時の波の媒体が、同じ電磁場で、既に存在していますから、成立します。
夏場のように湿度があれば、水分等に移動できますが、冬場の乾燥した所では空気自体もさして運動していませんから、容易く移れません。とすると、体やそのごく近くに移動することになり、アースしている金属等に触れば、電気が流れて放電するという訳です。
これだって、正確さを追求すれば、余り良い表現ではないかもしれませんが、意味が通じる範囲なら十分かと思いましたので、これで説明は終わりです。

でも、子供にそんな説明をしたら、「わかんない!」なんて言われそうです。

しかしこの空間、時空、場(三つとも同じことを言っているのですが、巧い名称が無いので取り敢えず。)は、限りがあります。ではこの限りのある空間を光速に近い速度で運動したらどうなるのかという問題が生じます。時間が縮まったり、空間が縮まったりすると言われていますが、そうなんでしょうか。

巧い説明が思いついたら、またアップしたいと思います。
タグ:波理論

光の性質 [物理]

重力場を考えると、重力波が出て来たり、量子化の問題が出て来たり、重力場での光は、波か量子(粒子)かの問題が出て来たり、とイメージするのが大変です。
光が波か粒子かの問題は、二重性を持っているとして解決済みだとされていますが、光は電子にも応用が利きますので、どのような時には波で、どのような時に粒子として振る舞うのかを、はっきりする必要があります。
今のところ不確定性原理が生きているので、正確に検証するのは不可能で、近似でしかできない確率論でしか表現できないことになっています。では、リセットしてもう一度考えてみます。

光の性質として、反射、回折、屈折、干渉と波としての性質を持つことは既に知られています。と言うことは、波を伝える媒体があり、それを私は重力場としました。これはこれで、ここ迄は、矛盾、論理破綻はしていません。私達が日常生活で体感している光はすべて波として説明できそうですが、それに異を唱えたのが、ニュートンでありアインシュタインでした。光電効果は、有名ですが、ここで考えられた電子が問題で、果たして、電子も波として振る舞ったり粒子として振る舞ったりできる物質ということになっています。
ここは、教育で教えている文言と掛け離れるのが、化学です。化学では電子は波とは言っていません。逆に粒子とも言っていません。ただ、原子には陽子と同じ数だけ電子があるとだけで、図で簡単に表しています。
化学の目的は、物質の化学反応で出来る新たの物質の説明が主でしょうから、それはそれで区切ってしまえるジャンルなのかもしれませんが、では高校レベルで電子は波でもあります、と言って生徒に納得のいく説明ができるでしょうか。疑問です。

それでは、そもそも波か粒子かは、何処で区分しているのでしょうか。実はここが曖昧なのです。
粒子や波は、便宜上人間がつけた名前であり、本当の姿は分からない、とした方が、新たな道筋を見つけられそうです。ひも理論もその一つかもしれません。
では、すべては、波の性質が特化したものだとしたらどうでしょうか。何故かと言うと、馴染みのある光が、殆ど波の性質を持つので、都合が良いと考えたからです。

とすると、観測できる現象は波としてすべて表現しなければなりません。となると、苦しい場面に遭遇します。地上でよく見られる、石だとか砂だとかは波としてどう表すのか?波ならしばらくしたら、波として消えてしまうんじゃないのか、と言われそうです。また、理論を押し詰めていくと、今迄粒子としていた表現も使えなく名称も出て来るので、ごちゃ混ぜになったとしても、進化前の遺産と言うことで、勘弁してもらうことは、あらかじめ断らなければなりません。

波には、必ず寿命があります。原子にも寿命が出て来ます。それを構成している陽子にも中性子にも寿命があることになります。ただ、原子の寿命は、人間の思考とは掛け離れて長く、天文学的年数になるとすれば、解決できます。地球の年齢や化石の年齢を測るのに、ウランの放射壊変や半減期約5,730年の炭素14が使われるように、寿命があるので矛盾しません。
他に波だとすると、波の強さ、弱さで色んな物に変化したように見えます。特に原子核外の粒子と呼ばれる物は、核内の振動波やスピンによっても、変化したり突然消滅したり、生成することもでき、遷移も可能です。
この考えで重要なのは、場と呼ばれる物は、すべて反粒子と呼ばれるものだということです。これは、前にも何ども言っているのですが、反物質と呼ばれる反粒子は粒子ではなく波でもなく、それを存在せしめている媒体だと言うことです。

では、場は波でしょうか。イメージは難しくなりますが、普通の波とは違った波と言っても間違いではないと思います。なので、重力波も存在しますが、重力場で観測する観測者には、波を考慮して波を差し引いた仮想空間を想定して観測しなければならないので、難しいと思います。

今のところ論理破綻は起きていないので、矛盾が生まれたり、新たな展開が生まれたら、またアップしたいと思います。
タグ:光の性質

重力場 [物理]

前のブログの延長線で、出て来た問題なのですが、光が伝わる媒体に付いてです。
これについては、もう色々説明が出ているし、それなりに納得できてはいると思いますが、そこに出て来る真空と重力場、古典に出て来る媒体としてのエーテルの概念が、曖昧ではないかと思い、私なりにまた解釈してみました。

これは私が最初にアップしたブログのテーマでもあり、その後何のアップデートもしていないので、ちょうど良い機会です。最初のブログでは、エーテルが無いとしたのは間違いだった、で終わりにしました。つまり、光が伝搬するには、やはり媒体がなければ伝わらない、としたものです。それがその後、真空と言う何もないものに変わりました。これは、アインシュタインが、一般相対性理論を発表する前です。その後、時空の理論が展開され、物質が存在すれば、時空が生まれその空間の性質が重力を作り出すと言う重力場の提唱がありました。
さてそうすると、太陽系を駆け回っている光は必ず大なり小なり重力場を通ることになり、重力場という媒体があることになります。(過去のブログでは、安全策を取って重力場ではなく時空を使ってますが、同じ意味で使っています。)
もちろん重力場自体、質量があるとか目に見えるとかという性質のものではなく、言ってしまえば、真空みたいなものでも通用するのではないでしょうか。当然電磁場も、物質が作り出す重力場の空間を媒体として伝わることになります。
と考える、哲学的表現になり、作者の意図を見失うと、もう目をそらせざるを得ません。この手の学びの世界は、日常生活には、ほとんど関係はないし、実用、実践的でもないので理解できてもできなくても、関わり無い人には一生関わりのない世界でしょう。しかしこの区別がつかないと、落とし穴が待っています。

ここで、同じことを言っているはずなのに、名称が三つ出て来ます。エーテル、真空、重力場です。古典力学ではエーテルは、一瞬に伝わるものとしていましたから、明らかに区別できそうですが、その当時、光の速度を測るとかは想像できなかっただろうし、器具も当然有りません。直感的に考えれば一瞬として表現しても可笑しいとは言えないところがあります。
では、真空と重力場は何処が違うのでしょうか。真空は、重力場を取り除いた空間のことと表現できそうですが、重力場は、今の物理学では時間空間とセットであり、重力場のない空間は、存在しないことを意味します。
しかし、日常生活では、真空と言った表現が染み付いていますし、真空状態とか、真空パックといえば誰もが理解してくれます。しかし物理学の定義で言えば、宇宙空間で、重力場が存在しない空間はないので、光は重力場を媒体として伝搬する波と言う方が、ぴったりします。真空は正確には重力場の空間に物質が存在しない状態、と言った方が、良いのではないでしょうか。つまり重力場の特殊な空間ということになります。

ところがここで問題発生です。重力場を媒体とする光の波とすると、重力場は一様でないので、光速は一様でないことになります。もちろん過去のブログでも、光は測りようで変わるとしていますから、私自身は論理矛盾はしていないのですが、光の速度が変わるので、光速を用いた方程式の実際の値が若干変わることになります。
とはいえ、値を決めないと泥沼状態になるので、近似でもそれで出してから、若干の修正をした方が早いと思います。

それと、太陽系は、完全な体系でないので、何十年に一度重力場の隙間を縫って彗星がやって来たりします。

ここまでは良いのですが、量子論では、電磁場、弱い力の場、強い力の場、重力場を統一した大統一理論なるものがあって、平たく言えば、重力場だけが量子化できないでいるとあります。
重力場の量子は、重力子(グラビトン)と言われるものなのだそうですが、果たして方程式上で統一することに意味が有るのでしょうか?または、重力場は、そもそも量子化できるものなのでしょうか。アインシュタインの夢でもあったのですが。

今この世界は、一般素人が立ち入りできない程、難しい記号と表現と方程式で満ちあふれています。それでいて、まだ未解決な部分も有るということであれば、普通であれば机上の空論であり、何の役にも立たない、で終わってしまいます。少なくともそれがどういう結果をもたらすものか分からないのであれば、意味が有りません。
中には、その考え方が大事で、実験でこれから分かるのだ、という人もいますが、今人類に経済的なそんな余裕があるのでしょうか。

ブログの原子のイメージで説明したように、粒子にはすべて反粒子があることで、安定を保っている、としました。では、重力場の反対は何かと言えば、当然それを作り出している物質ということになります。仮にその物質が消えてしまえば、同時に消えてしまいます。物質は色んな原子の集合体とも取れますけれども、その全体をまとめて一つのプラス物質と捉えれば、時空としての重力場をマイナスと捉えることが出来ます。勿論、電気としてのプラスマイナスの性質ではなく、便宜上そう表現しただけです。
そうすれば、重力場はマイナスということになり、人間と言えども、物質を有しているので、重力場に引かれることになります。
これは前にも書いたのですが、もっと正確にいえば、中性子の反物質いわれるものが重力場であり、中性子が無くならない限り、存在し続けます。この理論こそが、ブログを始めた最大の目的だったのですが、読まれるどころか抹殺状態です。カッハッハッハッハァ!

とはいうものの、ここで、私にも思わぬ疑念が頭をよぎりました。それは、被災地の人達には申し訳ないとは思いますが、あの大震災があったからこそ、浮かんだ疑念です。

原子力発電とか、高速加速器による実験とかは、原子の核分裂した時にでる熱を利用したり、原子の衝突した時に出る反物質を取り出したりする実験なわけですけれども、どちらも殻で守られない中性子が出て来て、重力場と反応して、どちらもなくなってしまいます。つまり、空間が無くなるのです。勿論地球レベルから考えれば、微々たるものですけれども、僅かならでも、その隙を埋めるために、物質を引っ張る力が働きます。
もともと、東北太平洋沿岸地域は、潮汐力で引っ張られる力が働くところですが、それを助長する力がさらに働くことになります。引っ張った分、ある臨界点に達して、一気に戻ったとすれば、今回の地震になる訳です。
そう考えると、この地域には北から青森六ヶ所再処理施設(これは余り関係ないとは思いますが、詳しいことは分かりません。)、女川原発、福島第一第二原発、東海原発、J-PARC(稼働しているのかは知りません。)という茨城県に加速器があります。
そう考えると、過去の歴史に無いような規模の地震・津波が来たとしても不思議ではありません。
まあ、過去の資料が余りにも情報が乏しいので、過去との整合性がどのくらい取れるかも疑問ですけれども、こういった考えも全面否定できないはずです。

話がずれて、取り纏めが出来なくなったので、整理が付いた時にまたアップしたいと思います。

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