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認識の再定義3 [科学]

 氷の性質について考えていたら、今度はドライアイスはどうなのだろうと考え付き、おもしろい結果に辿り着きました。何の変哲もない物質ですが、ドライアイスのイメージは、通常目にするアイス販売ボックスにあるものや、冷凍製品の保冷剤としての個体のものです。で、液体は無いようで、空気中では気体になって、消えていきます。製造方法の考え方としては、二酸化炭素を、圧縮するとできるとなっています。この圧縮することによって、出来る物質は殆どが熱を放出して自らは個体となって前の状態より低温になるようです。と、私も今までは普通にその認識に立っていました。で、今でもそれで間違っていないと思っています。ここで、学校で教えていると思う理想気体の状態方程式 pV = nRT と言うのが有ります。前にも触れておいて、力学的な力の統一に引っ掛かって上手く表現できなかったところです。この方程式はある限られた見方をすると成り立つのですが、私から見れば抜け落ちている所謂バグがある方程式です。例えば密閉できる試験缶に気体を入れ、気体を圧縮していくと、中の気体の温度は下がって行きます。後者の状態をダッシュで表すと p(V-V') = nR(T-T') と表せるのですが、一定の室温で実験したとしたら、試験管の気体の温度は一時的に下がったとしても、また室温に戻るはずです。ですが、掛けた圧力は掛かりっ放しです。ですので、(T - T') の値は時間が経つと0に近づき、p(V - V') の値も、値があるにも関わらず、計算上0に近づきます。と言った見方もできるような誤解を生みやすい方程式です。まして、気体が液体や個体に状態変化することは、想定していません。つまり、ある臨界状態までしか成り立たない方程式です。しかし方程式が作られた時代ならいざ知らず、今ではこの臨界状態を越えた工業技術製品はザラに有ります。今時そんな間違った意味で理解している人はいないだろうと言うかもしれませんが、宇宙的規模のスケールでは当て嵌まらない認識が有ります。例えば星としての地球です。地球内部は高温の6000℃とか言われていますが、実際計測した人は誰もいませんし、これはあくまで仮設であり想定です、これが定説みたいになっているだけです。確かに地下から噴火してくるマグマを見れば、さぞかし内部は高温だろうと想像したくなりますが、内部には別の力、圧力が掛かっているのを抜きにして考えているんだろうと思うのです。ドライアイスで分かる通り、この個体は摂氏マイナス何度以下で個体になり、大気圧の元では気体に変わる代物です。つまり、大気圧の元で、液体や気体になって噴出するものは、元は、もっと低い温度でなければ成り立たないことを意味するではないですか。つまり、内部に行けば行くほど、低い温度ということです。とすると、かなり悩んだ地球の磁場の発生源が、超電導物質と同じ物だとする仮設が成り立ち、宇宙創世時に無くなったとする、ダークマターの謎が解けます。つまり、エネルギーの値のとり方が初めから間違っていたということになるのです。簡単に言うと、星と言われるものそれ自体は全体として、エネルギーゼロであり、その地表で織りなしてきた現象下ではそのように考えるのが当然のような知識、認識が、本当はその局面だけの見方で有って、宇宙全体ではそのような見方をしてはイケないのだと。まあ、どの考えを信じるかはその人自由ですが、真実は一つです。間違っていれば藻屑と消えゆくまでです。それが、金持ちだろうと、貧乏人だろうと。


認識の再定義2 [哲学]

 認識の再定義2として
今回はちょっとした命題を用意して考えてみました。
 * 水は電気を通すのに氷は電気を通さないのは何故か。
 * さかなの楽しみとはあるのか。
 * 再度問う、光は波なのか粒子なのか。
最近ますます迷路に嵌り込んでしまったので、自分が納得行くまで考えているのですが、中々どうしてです。最初の命題については、ネットで調べても、これぞという答えは有りませんでしたので、自分なりに考え直してみたのですが、これが正解に近づけば光が波か粒子かもある程度解けるようなものだと思います。2番目の魚の楽しみとは、古代聖人の書物に有る二人の問答の一節に、川の中で悠々と泳ぐ鯉の姿を見て、「あれが魚の楽しみというものだ」と言ったのに対し相手が、「あなたは魚ではない、どうして魚の楽しみが分かるのか」と切り返した話なのですが、あの言い回しがいまいち理解できなかったので、再度考えてみたものです。つまり、一個人の思い、その人にだけ感じる真実は、果たして別の個人、他人にどのくらい理解できるのかです。魚ではない人間は、魚の楽しみなんかは理解できるものでないとしても、さかなにも人間と同じような楽しみが有るようにも思えます。この話はとりあえず置いといて、水の性態に戻ると、水はある基準0°で性態が変わり氷になることは、既知として知られています。液体の時は電気を通すけれども個体になると電気を通さないと言うのは実は結構難しい問題なのだと思います。電気は電子の流れとして理解があるとして、では、凍ったとき電子はどのような状態になっているのでしょうか?流れないということからして、凍っているとも言えるかもしれませんが、そもそも電子は凍るものでしょうか。一方電子は光の一種とも言われています。と言うことは、光は凍ることもあると言えないこともあるでしょうが、光が凍るとは漫画の世界だけなんだろうと思います。まあこういう議論は通常であれば人は無駄な問答として止めてしまうのでしょうけれど、ある程度答えが出るまでは止めません。では、水が凍ったとき電子はどのような状態になったのかと推測すると、1・振動しなくなった。2・消えた。3・同様に個体(結晶)になった。・・・が考えられますが、ここで別の角度から追求していくと、水は凍ると体積が増えることも知られています。これは、分子の結合の仕方が変わって今までぐちゃっと潰れていたものが、規則正しく配列を組んだために、膨張したとします。だとすると、この結晶構造には、今までにない隙間ができたことを意味しているではありませんか。隙間を埋めるものとして、何もない空間を想像しますが、この何もないと考えられる空間こそが電子が存在し得る空間としたらどうでしょうか。電子が空間になった?にわかには想像し得ないですが、ここで、「君は電子ではない、どうして電子の状態がわかるのか?」として、古事の話をオーバーライドしてみました。確かに私は電子ではないのですが、人間の体を作っている物質というか食べ物には必ず含まれているものだと思います。なので、考えている最中にも、電子のフロー制御を無意識にやっており、日々コントロールしているものだと。ただし、人間凍ってしまったら、死んでしまいますけど。考えて行っただけでも、今までの既知が如何に場当たり的なものか、見過ごされてきたものかと思わざるを得ません。既知でない現象が出る度に想定外と言う言葉を繰り返すんでしょうか。
話を戻しますが、この推測は今までの既知とした物理学の法則と矛盾しません。真空中を伝わる光は媒体としてこの凍った電子空間を伝わってくるとして考え、実際の真空の温度はないので計りようがないのですが、地球はるか上空は、極低温だと知られていますから、矛盾しません。中には宇宙船に乗って真空中の温度を計れば良いとするかもしれませんが、その温度とは、太陽光が温めたその温度計の今の温度です。真空の温度ではありません。つまり、ない物は計れないのです。さあ、答えが出そうです。電子は、空間であり光が波として振る舞う時の媒体であり、ある一定の条件下で空間からある物質と言われるものに変化できるものだと。それが、真実だとするとある種のベースの定義に成り得ますから、すべてをそれに照らして関連付け思考再起動です。実際そうやって一つ一つ照らしていくと、面白いことも出てくるのですが、最後の光は波か粒子かの問いは、そもそも波とは何かと言う実際のイメージを凝らさないと理解できません。では、ちょっとした頭の体操で、よく見かけるイメージし易い海の波です。この場合媒体は海水と考えても良いのですが、実際は海水に接している空気も裏表で同様に動いているわけですから、こう考えました。見るような波には媒体が二つ以上あると。として、海水だけで見ると、これは縦波と横波の90°変換の組み合わせです。原子的に見れば、粒子同士の衝突から生まれ、それから生まれる分子群の伸縮を是正するために上下に振幅して、それを全体的に90°変換すれば、横波です。この説明だと粒子しか出てこないのですが、全体として波としています。では波の元は粒子ではないか!となりますが、もう一つの媒体である空気、大気には何も触れていないので、この次に!

*この文の終わりに:私の疑問は、子供の幼稚な疑問のようなものからはじまっています。つまり、学校の勉強とか研究論文とは無縁です。

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